第7回公演について |
あらすじ |
昭和初期、南方、一ノ曲地区に、新天地の開拓に希望を託した人々が入植した。 しかし、迫川が流れるその近辺は、葦や萱が生い茂る荒れ果てた土地であった。 度重なる水害に悩まされながらも、苦労を分かち合い、手付かずになっていた未開の原野の開墾に力を注いでいく。 朝早くから夜遅くまで働く姿。 そこには耕作に燃える不屈の魂があった。 「あさか」と「かつみ」、二人もそこに根を下ろした一組の夫婦であった。 時は流れ…。 先人が耕した南方のその地に、現代の農業を支える若者たちと、一人の少年がいる。 若者たちは、自分たちが生まれ育った南方を愛し、誇りに思いながら、前向きに生きていく、自分たちの進むべき明日を見つめて。 少年は、曾祖母の話を聞き、何かに気付いていく。 過去そして現在。 社会の情勢や農業を取り巻く環境が変わる中で、時代の波に翻弄される人々。 たとえ、その波の中で離れても、ぶつかり合っても、いつしかつながり合う人々の思いがそこにはきっとある。 かつての荒れ果てた土地『荒野』は、人々の手によって耕され、多くの人々、命が生き、育まれていく『耕野』になっていた…。 |
南方町の紹介 |
今回の題材地となる『南方町』は宮城県の北部に位置する登米地区の西端にあり、東西に広い地形で、北西部一帯は丘陵地、東部から西部までの一帯は平坦な地形です。県内有数の仙台牛の産地として知られ、ササニシキ・ひとめぼれやニラの生産にも力を入れています。町の東南にある大嶽山は数多くの野鳥が遊び、桜やサツキ、あじさい、萩など、四季折々の花々が楽しめます。 今回の舞台となる南方町の『一ノ曲(いちのまがり)』地区は、今では一面に広がる水田地区ですが、昔は湿地帯であり、川が氾濫するたびに冠水する地域で、ススキやヨシが生い茂り、いたるところに水たまりのある荒れた土地でした。その荒れ地が、どのようにして今のような立派な水田に生まれ変わったのか… 今回の公演では、戦前の南方町に入植した人たちに焦点を当て、物語が展開されます。食糧増産、生産調整と曲折する中で、開墾からこれまでの農家の皆さんの未来に向かって進む、たくましい姿を描きます。 |
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登米郡民劇場『耕野の花』開催にあたって/実行委員長 佐藤寛一 | |
平成16年度は登米市誕生前の最後の年度となりました。登米郡各町の持ち回りで進めて参りました郡民劇場は、今年南方町が題材地となりました。どの様な内容が良いかと実行委員会を立ち上げ何回となく検討して参りました。 その結果、南方町は農業の町であります。そこで我が町の農業の歴史を振り返り考えようと言う事で開拓の歴史から始まり、その歴史の中で色々な問題や障害を乗り越えて先人達が頑張って来ました。しかし問題は現代でも有ります。そうした問題を解決すべき現役の農業人も一生懸命に努力をしています。そうした内容を脚本にして、『耕野の花』という題名で進めることになりました。 郡民の皆様方の温かい御支援と御協力を頂きながら頑張って参りますので、どうぞ宜しくお願い申し上げまして挨拶とします。 |
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また今年も夢フェスタが動き出しました/原作・脚本・演出 佐藤 圭 | |
『夢』と言っても、人が百人いれば百通りの『夢』があると思います。この夢フェスタにおいても、多くの方々が関わり合い、支え合い、それぞれの『夢』が込められていくのだと思います。 今回、脚本を書くにあたり、そんな『夢』をちりばめられたらと思いました。実際には、舞台にした時代の一部、戦時中にはそんなのんきなことなど言ってられない状況におかれていたと思いますし、この価値観はあくまで現代だからこそ言えるものなのかもしれません。しかし、翻って現代。閉塞感などというキーワードが巷には蔓延しています。『夢』などという言葉は、その時代よりももっと実体のないものになっているのかもしれません。だからこそ、どこまで描ききれるか分かりませんが、あえて『夢』や希望といったものを意識しました。 と、何やらよく分からない決意表明みたいなことを書きましたが、結局のところは、そんな、時代に流されながらも強くたくましく生きた人々、生きる人々の姿が描ければ、それが私の『夢』になります。時代に踊らされる前に、自分たちで踊ってしまおう!そんな感じです。 『夢』を輝かせる命(生命)の胎動が感じられる、エネルギーあふれる舞台にしたいと思います。ご協力お願いいたします。 |
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